家持さんは歌人であり、政治家でもありましたから。
それで私を守ってくださっていたわけで、私としては感謝感激です。
その他に、私の手相の守護霊も出していただきました。
こちらは日本、中国、ヨーロッパと三人いらっしゃいます。
H先生はいつも私の守護霊と直接話をされて、手相の知識はまったくないのに人の手相も観てしまうという、オソロシイ人です。
日本人の方は、平安末期の手相家、H、中国人の方はSという方、ヨーロッパではユダヤ人で、かつて天才手相家として世界的名声を博した「キロ」に手相を霊界から教えたSという人です。
H先生は、この時驚くべきことも言われました。
「Nさん、あなたは二十一歳の時から、前世の記憶が強く出ていますよ」言われた私はビックリ。
二十一歳の時、私は自分が驚くほど変わったからです。
まず顔が変わりました。
私の二十一歳の時の顔は、H先生が描かれたHの顔にソックリなのです。
また二十一歳といえば私が急に宗教に目覚め、真実とは何か、人生とは何かと考え、仏教の本を読みあさり始めた時でした。
作詞・作曲家として、いい作品が次々に世に出たのも二十一歳。
もう一つ、実に不思議な因縁もありました。
二十一歳の年、私は突然京都に行きたくなり、まっ先に訪れた地が、偶然にもHが修学していた元慶寺のある仁科の地だったのです当時、幸運だった時(前世)の潜在的記憶が無意識に表面に出てきただけで、私の運命は急に華やぎ、芸術的で僧侶のような感性を持つようになったのです。
そしてその年、私は十二日間の断食や七日間の断食をしたり、菜食主義も始めていたのでした。
これもHがやったことです。
(みなさん、断食、菜食主義は真似しないでください。
現在、私は普通の生活こそ、実は正しかったのだと反省して、断食も菜食主義もしていません) 。
またHと現在の私の関係を聞くと、もっと不思議なことが分かりました。
生涯僧侶として戦乱多き俗界を離れ、比叡山で修学したHは、死後、自分の誤ちを悟ったそうです。
山で修学するのも大切だが、戦火のちまたに降りて人々に真実の道を説くべきだった、と。
こうしてその転生者である私は、Nという名の手相家の姿を借りて大勢の方々と会話し、また救霊師として人々を救済し、こうして本を通してもっと多くのみなさんにお話しているわけです。
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